数世紀にわたる服飾史を俯瞰した時、“ モード mode ” とは “ 出し抜く ” ことだ、ということがわかります。現在のように、少々高いお金をかけてモード服と呼ばれるものを購入し、モードなグループに入るという行為ほど本来のモードからかけ離れたものありません。
Dresssir®(ドレッサー:特殊スタイリスト)のboysたちにまず一番最初に指示するのは、
1.眉毛の形を作り込みすぎないで、自分が理想と思う形につくらないで、自然のままにすること。どうしても、という時も最低限整える程度。
2.髪型は、決してエアリーヘアにせず、スリーク・スタイル(7・3に整え、刈り上げ過ぎて今風にもしない)にすること。
昨今の20代前後の男子は、細眉で美容室メイドのヘアスタイルですから、上の2点をやると、一気に労せずして、同世代スタイルを出し抜けます。みんなが労力という名の足し算するところを、何もしないことによって違いを作ります。
眉は、自分でザッと整えるか、ガチのヘアメイクのプロに本気でナチュラル仕上げにしてもらうか、どちらかです。素人が自分の感性で理想的な眉形をつくろうとするから失敗してしまいます。眉によって表現されるのはその人独特の“素朴さ”ですし、そこまでが眉ができる最大限の仕事です。
その骨格で、その眉形は無いだろう、という強引な矛盾を作り出してしまいます。レベルの高いクラシックなお店であっても、スタッフがそのような雰囲気だと、感性のレベルの天井・限界を感じて息が詰まって、こちらは呼吸が苦しくなってしまいます。
19歳の国枝(くにえだ)君。先日、六本木の森アーツセンターギャラリーへ“ラファエル前派展”を観に行き、4時間のトレーニング。縫製職人ではなくドレッサー候補なので、手の仕事ではなく目・口・ハートの仕事です。
日本は製造業においても、手の人間、いわゆる職人は優秀な方がたくさんおられます。昨年、新潟の燕市小林研業の社長になぜに日本はモノづくりが優秀なのに国の豊かさにそれが反映されないのかを質問しました。
氏の応えは『PRが下手だから』でした。つまり、手(ものづくり)は十二分なのに、目(目利き・評価)、口(プレゼンテーション)、ハート(情熱)が不足というところです。目、口、ハートの使い方は自然の美や歴史や古典、哲学などの教養の力が必要で、それが世界へむけてのプレゼンの場面では底力になるように感じます。
ドレッサーたちも、色や形などのアイディアは、古典絵画・自然・歴史から学んでもらいます。ついでに言うと当日、煙草をやめることを宣言したので、お祝いにオリジナルのタイを贈りました。どなたでも、彼が一服しているところを見かけたら、ネクタイがもらえます(笑)
高校時代はずっとキックボクシング一筋でしたが、現在は物静かに闘志を燃やす青年です。髪型は仕事中はかっちり撫で付けて。カントリースタイルの日や休日はバーバーカットのままで自然にしていてもかまいません。後ろ姿がこれくらい端正だと、20歳とは思えない大人っぽくて、むしろ超越した雰囲気が漂います。
自然に鍛え上げた背中が洋服以上のプレゼンスになります。健康体の20代で、洋服で体型をカバーするためにオーダーしたい、などと言ってるような甘ったれているヒマがあったら、毎日、腹筋・背筋・スクワットを30回やって半年後にご来店ください。いかなる分野でもお金のかからないアタリマエの努力がプレゼンス(存在感・おし出し)を向上させます。歩く、とか早寝早起きとかきれいな挨拶とか。。
国枝君の先輩格である小島君。現在、熱海で修行中。小島君も野球でピッチャー一筋だったので、体格的に恵まれています。昭和の香りのする、気概のある男子の友達が多いのは小島君の人徳です。本格的にクラシックに徹することで昨今のファッションの世界から見ても、むしろモード的にも周囲を“出し抜いて”います。
出し抜きすぎて、もはや昭和の理容室に飾ってある写真くらいの勢いです。いいんです!ちょうどそれくらいで。精一杯きちんとした正統派を目指すという姿勢こそが大事です。たとえそれがパイプ椅子でも。手持ちの武器を総動員して最大限の努力で戦う、というマインドが自由度の高い無敵の大人をつくります。
オーダーメイド・ガイド Ⅱの撮影風景。この撮影用に購入したのは、代官山のヴィンテージ・ショップ “ デーヴィッツ ” にて購入したブルーのライダーズ・ジャケット(クライアントである山口氏用に購入)とブレイシーズのみ。トラウザーズは、ウエスト120cm用の方のゲージ・サンプル。この撮影で、小島君の俳優として才能を持つことがわかりました。プロデューサー、カメラマン、全員の意見でした。
こちらは、スリーク・スタイルが得意なAlex君。クリスマス・パーティーでも小島君とペアになってのドレス・ウォークで、優雅で妖艶なアドリブで観客を愉しませてくれました。この顔でベタのモードをまとうと、東京というモード空間において一撃で悲しいくらい効果的に埋没します。都市の臆病さである、無名性を生きるより、粒立ちの良い有名を生きたほうが愉しくないですか。
スコットランド土産のボウモアのミニボトルを贈ると、その場でさっそく味見をしてみた午前11時。ネクタイ、ポケットチーフ、いずれも正統派スタイルなので極めて定型的ですが、それで良いのです。スタイルの本質・核心部分は自分とスタイルの関係性なので、それが誰かと被ろうが違おうが知ったことではありません。見た目が同じでもマインドが違えばそれは立派な違いです。
さて、こちらは今本君。昨年のピクニックの際、誕生日だったので贈ったフレッド・アステアモデルのコーレスポンデント・シューズを履いています。ツイードスタイル、正確には国産・尾州産のヴィンテージ生地。淡いグリーンのホームスパンです。一番英国的(スコットランド・カントリー的)な風合い・色合いです。英国の田園風景の色そのものといえます。
今本君世代、トガったもの、スルドいもの、極端なもの、不自然で化学的素材・色彩・デザインのケミカルなものを好む傾向のある世代です。そこでむしろ柔らかく優しい素材を選び、本格的にクラシックな装いに仕上げてみせる。これ以上の逆張り、出し抜きはありません。緻密にマーケティングしても、あっさりと悠然とそれを逆に張ってみせる。Dresssir® はDandy予備軍です。
番外編)この兄弟生地(すこしトーンが違う)がこちら。レディズの3ピースでも製作しました。包み釦はスーツ生地と共生地を使います。違いを作らないという点でこれは引き算を意味します。同じトーン&カラーで続ける、ということです。綺麗なシャツの中はイタリアの老舗ネクタイブランドであるマリネッラのショート・アスコット。袖口は、スコットランドエジンバラでお土産として写真Hさんのために購入したアラン織りのスリーブ・ウォーマー。