2019/11/11

金澤アトリエショー  こころを見つめるひととき



先日の金澤でのアトリエショー(トランクショーのかわりにこう呼びます)の様子を印象と感覚で製作メモがわりに書きます。全体の印象を3人の目で確認しながら、他人目線から見た全体、ドレープ(生地の揺らめき)やブラウジング(優雅にふくらみを持つこと)をよりよきものに改善させます。


ひとそれぞれが、宝物のように持っている黄金率を見出します。特に背丈の位置(くびれの位置)やバスト・ウエスト・ヒップの位置がきれいにチューニングされていて、デザインの濃度(クラシックを再現するモダンではデザイン過多が多く見られます)纏う方がそもそも持っておられる、うつくしさを決して邪魔してでしゃばってはいけません。



装う方のシチュエーションも大切に考えています。そして確信犯的に挑戦もします。たとえば、アクティブなハンサムウーマンのためにビジネス・スーツとドレスの中間の上のアイテムです。慎重に考えつつも大胆に挑戦します。肩の存在感がしっかりありつつ、80年代的なビッグサイズではなく、毛廻しが絞られた丈が長めのスカート。これを、最上級の400グラムもあるヘビーオンスのキャメル・ベージュで作ってみました。独自の艶、きわめて英国紳士的な生地をハンサムウーマンに見立てます。


オーダーメイド(そもそも和製英語のこの言葉で統一することにしました)仕様での仮縫いで数字にできない微差、美差を追究します。とても、精緻な作業です。この絶滅危惧種的な手の仕事が今後、絶滅しないためには、どのような生存戦略があるのでしょう。考えどころ、工夫しがいがあるところです。黄金率によって、ビジネスもプライベートも精度と純度を上げて、人生全体を刺激から深い充足感へと展開させることができると信じています。



フランネル素材は、そもそもアウトドア的、カントリー的、つまりスポーツの世界観なのですが、その素材のスリークな風合からラウンジ的な世界観で纏うことができます。そもそも、こうあるべき、という自分なりの基礎を学んだ後は、自由な見立てからその佇まいと実用性を考えて製作することができます。メンズとレディスの横断的な知識のシェアがそれを可能にします。


色と素材の無限のアプローチは愉しみのひとつです。自分の装いを企画する中で、色と素材についての知識と感覚が育ちます。オーダーメイドの習慣によって、美的感覚が感受性が涵養され、以前は美術館で観た名画の数々も、違った魅力として迫ってくるということがあります。真剣に自分ごととして色を選ぶ、これは過去の絵画の巨匠たちもやってきたことだからです。この内側から見た風景は、体験したことのあるひとでないと味わえません。






さすがに、たびたびの金澤ツアーで、それぞれの街の愉しみのコツをわかってきました。朝のインスピレーションに溢れたひととき、ゆっくり脳みそと感受性を解き放ち、今日の仕事に想いを馳せる、しあわせなひとときです。


オーダーメイドの場面で、この共生地(おなじ色)でさまざまにアイテムが展開していくこと、この『展開系』という世界観は、注文服の醍醐味です。マフ、ストール、アスコットタイ、ポケットチーフ、ポーチ、クラッチバッグ、、、、、。基本フレームから、さまざまなものに展開していきます。マフのあしらい方ひとつとっても、それぞれの絵心で自分にとって魅力のある立体を造形することができます。


丁寧な対話のひととき、深い呼吸をしてゆっくりマイペースで感じて、丁寧に考えていただき、刺激をもとめるショッピングとはひと味ちがった時の流を感じていただきます。


御自身をしずかに見つめる本質的なひとときであると同時に、ふっと力の抜けた余白の時間でもあり、優雅な余情を愉しむ時間でもあり、御自身が他人に与える余韻を調合する秘密のひとときでもあります。



謙虚でありながら御自身の魅力や価値をすなおに愉しんでおられる、森の中の静かなサンクチュアリに咲いている、きれいな花のような方、和の装いも洋の装いもどちらも端正にあしらわれます。つくづく着手に憧れている製作側でした。



金澤には、すてきなカフェもたくさんありますね。おいしいコーヒーで一服しにどこに行こうか迷ってしまいます。隙あらば、一服したいコクシネルクルーでした。くつろいだときに、のびやかなアイディアが浮かびます。込み入った修正点・改善点も浮かんできて対話に落とし込むので、やってることはミーティングなのですが、、、。プロセスが喫茶で成果物が具体的な企画デザインというのが理想です。


鞄も重要な世界観づくりのひとつです。旅、1930~40ごろの鉄道の旅、プルマン車輌での旅、そんな夢想のもとに、多くのインスピレーションと成果物を形に変えます。鉄道のスピード(新幹線でないもの)は、現代ではむしろ風土を適正なスピードとテンポで味わうための優雅なアクティビティといえます。


仮縫いの素材はシーチングといいます。しばしば、そのエクリュ色の素材感がそのまま夏物の印象になって、淡いベージュ色を注文されることも過去にありました。実際につくってみて初めてわかることもたくさんあります。むしろ思考の限界、有限性を謙虚に認識して、概論⇒各論というふうに絞り込んで、御自身のサイズを究極の黄金率に追い込んで行くのが合理的で、理に適っています。


2019年の秋冬のサンプルのメンバーたちはずっとその期間かわりません。飽きることもありません。紳士の生地や、こんな生地でいままでワンピースをつくることは無かった、、、というような挑戦をしています。耐久性にすぐれ、ファンシーではなく苦みばしった英国紳士の美学をもつ生地たち。。。無限に挑戦のネタがあります。どれに御自身がはまるのか、それはお召しいただいてからのお楽しみだと思います。意外な生地が、意外な効果と魅力をもたらします、ということだけはいえます。






往年のハリウッド女優のようなエレガンスを21世紀にもってくるための未来的な工夫をこらします。とはいっても、昔のままそのままではいけないと服飾評論家的な方々は良く言われますが、ただ昔のまま、というのも最高です。素直にその方に最高に似合うものをまっすぐ追究することこそ、現代ではユニークなオンリーワンなのだと思います。あまり、流行からアイディアを借りすぎてアレンジしすぎない、その方の魅力をじゃませず、素材の魅力をできるだけじゃましない、まずは徹底的にそこを意識します。









花は人間が敵わない魅力があります。名前もなく(後から勝手に人間が付けただけ)、淡々とただきれいな輪郭を持って生命をまっとうしています。うつくしく咲いている、というのも人間が勝手に感じているだけですが、人間というか動物として本能的に魅力を感じてしまいます。そのような魅力の発動のし方をしたいものだと、常々花を飾りながら思っています。お誕生日の方のために寄った花やで一輪魅かれた、ものを購入しました。ピカソ!というらしいです。フェルメールという品種とひじょうに似ているので区別はぼくにはつきません。ピカソといっしょにちょっとファニーでモンドリアンのモービルのようなシルエットのユーカリ(このユーカリはコアラは食べられないらしい)、そしてむかしのガラス瓶のようなグリーンの花瓶を揃えて、会場に飾ってみました。





ちょっと時間が合って、おやつタイムにお気に入りのカフェへ。こちらの御主人のセンスが滲み出るかずかずの逸品たち。こちらの御主人の制服があまりにステキだったので、訊ねて、フランスの制服メーカーのカタログを譲っていただいたことがあります。白生地ベースに、シルバーで名前が刺繍されているこれまたアシメトリーな打ち合いのマオカラー風の制服で、この写真を撮らなかったのを後悔しています笑








まあ、センス抜群ですね。こちらのカフェの所蔵品、展示品でした。そもそもスポーツってどういう世界観?って答えがすべてここに書いてある、そんな貴重な一冊でした。


みなさん、御自身のタイミングとペースで製作されています。丁寧に感じ、考え、ほんとうに満足できる御自身の1着を追究しています。そもそも論でいえば、すこぶる真っ当な行為です。御自身にとってのその時の最終解答を手に入れられれば、そこから心おきなく、その装いと一緒に御自身が主役の人生の映画を創り出せます。すばらしい名画にはすばらしい衣装担当が必要ですので笑


世界観は、たったひとつのアイテムから展開していきます。妄想族、夢想家の創り手は、もう上の2つの物体があれば、意識はヨーロッパの優雅な列車の旅に飛びます。


まだスタートしたばかりの、コクシネルの創業期にご贔屓くださる方々、特別な思いとともにずっと忘れません。最高の仲間、そして共犯者!?でいつづけていただきたいと願っています。こちらも、時の流れとともに、どんどん精度が増して御自身のアイコン、シグニチャーが出来ていく過程をともに楽しませていただきます。


その出自を英国スタイルの紳士洋装文化に根ざしているので、インテリアにはブレイシズやボウタイ、アスコットタイ、、、、紳士の空気感も加えています。


鞄職人である、ケイイチロウ氏と木場が共同企画しているケイイチロウ・エクリュの鞄は、スーツやドレス、旅にあわせる鞄というコンセプトで今後展開していきます。商品にたいする厳しい自己評価を、感じるところ思うところを今後注文されるご贔屓の方々にはシェアしています。暮らしの手帳的な厳しい誠実な商品評価を持つ、プロデューサーの小西さんの忌憚ない意見をシェアする場面です。




先生業をされておられる、マキさん。このレディスのダレスを教壇まで持って上がり、それをおもむろに開いてテキストやプリントを出す、、、そんなちょっとノスタルジックなシーンをロマンシングされていて、作り手側のぼくらがその場面にうっとりと浸ってしまいました。教師の方々がすてきに輝くこと、これは紳士部門のエドワードエクリュの願いでもありました。エドワードには教師、軍人、警察官、学生、の特別割引枠があります。


トータル的に、コクシネルの金澤アトリエショーをプロデュースしているプロデューサーでもある小西さん。木目細かな、そして並々ならぬ丁寧な準備と気配りによって、われわれデザイン製作チームもやるべきことに没頭することができます。ありがとうございます。(この装いはエドワードエクリュの敢えてメンズ仕様)

コミュニケーションを重要な柱として新しい注文服の世界観をこれから創りあげてまいります。東京、金澤、京都、各地点のインディペンデントな魅力をもつひとびととつながり始めて、新しい世界観が展開中です。関係各位、金澤のすばらしい仲間たちとご贔屓筋、船出直後の小さなてんとう虫への愛にあふれたやりとり、心よりお礼申し上げます!


2019/11/02

Voyage en petite robe noir  黒いドレスの旅



黒と言ったとき、それは最初から黒に近いネイビーのことでした。それがタキシードの有名な色の工夫であり意匠なのだということも当時はたんなるトリビアとして知っていただけでした。2001年からエドワードと名乗って注文服業をスタートして記念すべき1番最初の正式な発注者は、こちらのあけみさんでした。そして第1号製作物はまさにこのドレスでした。


” petite robe noire " 小さな黒いドレス 。現在の紳士服を中心としてエドワードエクリュへ続く最初の1着。そもそもが婦人物が第1号だったという事実自体に現在のクライアントは驚くかもしれません。保管に並々ならぬ丁寧さ、几帳面さを持っている彼女に感謝。そしてお子様が誕生した後でもほぼ変わらぬ体型もそれ以上に感謝&尊敬です。製作時と違うのは、このスカート丈です。さすがに17年という歳月のうちに裾が傷んできたためにお直しで3㎝ほど短くなっています。


リトルブラックドレス。シャネル、そしてその後の名女優(名監督、名モデル)たちによって、単なるミニマルな装いから哲学的な深みを持った世界的なシグニチャーにまで高められたもの。プティ:小さな・ローブ:服・ノワール:黒 と書かれているのに、17年前の記憶は曖昧なのですが、当時は黒の限りなく近いネイビーの生地ばかりを選んでいました。


でもさすがに当時は『肩先に向かってスーっと切れ込んでいて直線的で首元スレスレを攻めてくるボートネック』ではありませんね。デコルテの露出は少ないものの、やわらかい曲線を描いています。17年ヘビーローテーションで着ているものの、生地表面も決してグズッていません。中世の僧侶が来ていた目付400g近いタスマニアン・ウールです。最初から典型的なヘビーオンスの英国生地でフランスの美意識に挑んでいたんですね。


以前パリの工房でパターンと縫製をお願いしていましたが、仕事を請けてくれるかどうかの時に直接出向き職人長と面接がありました。『君は、このパリのpetite robe noir とはどんなアイテムだと考えているんだ?』と訊かれ『不良の女性を上品に、優等生の女性を色っぽく見せるドレスですね(原文まま笑)』 と応えたら、通訳を聴いた先方は、笑顔で『立ち上がって君と握手したい気分だ』となりシャンパンで乾杯した思い出があります。


エドワード側がその工房に持参していたドレスについて、最後に彼は感想を言っていたことを今でも覚えています。『シンプルできれいですね!いいと思うよ。でも1点だけ気になる点があるんだけど、紳士物の生地を使っている点だけはどうだろう?と感じるんだ。』そのシンプルなワンピースはジョーゼットやガルゼ、タフタのような婦人物のファンシーなものではなく渋く、苦味走った英国老舗の紳士物の生地を使っていました。。。


それから約10年後、、。金澤の印象美プロデューサー小西さんとの出会いがありました。そして彼女の紹介で、京都与謝野町の絹織物関係者へ橋渡しをしていただきました。『きっと何かおもしろいマリアージュが起きる』と閃きを持っていただいたようです。Toma:トーマさんと木場さんはきっと話すと楽しいと思いますよ~。Tomaさんとは与謝野町長の山添藤真氏のことでした笑。まずは、単身訪問して、地元感あふれるユニークで魅力的なエスコートをいただきました。



2度目は、2018年9月のぼくの誕生日にからめて、金澤まで迎えにきてくださり、エドワードファミリー全体で丹後ツアーをいただきました。ありがとうございます。謎と魅力に満ちた丹後王国の魅力を幽玄な天の橋立の景観と土地の歴史に感じながら、王国の末裔たちのいまのクールなライフスタイルをともに味わわせていただきました。いっしょに同じご飯やお酒を嗜んで愉しめるかどうかは大事な部分だと思います。





鬼シボといわれる、縮緬:ちりめん素材、これは町長のご実家の逸品でもあられます。この丹後縮緬をつかって喪服ドレスという商品が誕生しました。生地をたっぷり使用してドレープとブラウジングに優れた上品なドレスです。そしてこの生地の幽玄さは丹後の海を想わせます。シボによって反射光が分散してマットな風合いです。黒が黒くなり過ぎない、黒です。黒、グレイ、ネイビー、ミッドナイトブルー、、、。黒が容赦のない黒、絶対的すぎる黒だとどうなんでしょうか、、、過分に人工的な印象が出現してしまいます。


この10年でブラックドレスもまるで旅をするように進化しました。しっかりした方針と哲学は持ちながらも、いくつかの出会いによって、色と形は小さい幅ながらもゆっくりと揺らいでいます。黒、濃紺、濃灰、ブルーグレイ、、おそらくそのあたりを揺らいでいるんでしょう。そして素材に関しても、縮緬:ちりめん素材の出会いによって、実質的にはジョーゼット使いのドレスに近い風合いも採り入れています。


一周回ってパリの工房のあの美意識につながったのかもしれませんから、なんとも不思議なものです。結果的に、金澤と京都とフランスと英国の美意識が地下水脈をつうじてマリアージュしました。しあわせなことです。先日この究極の装いのための裏地が完成しました。シルク100%、幽玄さを湛えた、オーガニック独特のカンファタブルな抜けの良さを持つ『丹後の月夜の海』。丹後王国の末裔へのエドワードから別注品です。静かな夜の海ですが、強く凄みのある黒に近い濃紺。生と死をあわせ持つ、スピリットに満ちたさりげない逸品です。