2008/05/04

FLYING SPUR



SPUR 拍車:乗馬靴のかかとに取り付ける金具。馬の腹に刺激を与えて速度を加減する。ふつう歯車付きで馬体を傷めないようになっている。ここから、ラストスパートがきているらしい、~last spurt:最終全力投入。

僕が23歳の時にあの世に行った父。父は生前は存在そのものが怖くて、いってみれば拍車のような存在だった。やさしい時はやさしい父だったが、怒るとほんと怖かった。親父の怖さにくらべれば、怖い先生も、不良上級生も、ぜんぜん優しく感じた。

B型、おとめ座、ペガサス、七赤金星、もともと気質的に超マイペースのぼくにとっては拍車的なものの存在が絶対必要だと感じる今日この頃。今では、身近ないろんな仲間が拍車をかけてくれる。K君に聞くと、出しなに目に留まり、ああこれをもっていかなきゃと直観したらしい。不思議だ。

採寸・生地決めに自宅に来られたK君がこの拍車をお土産に持ってこられた。彼の世界放浪話。

彼は以前ニュージャージー州のラスタの教会に住んでいた時期があった。もともとギタリスト修行としてアメリカに渡った氏は、ローテクな録音機材で作ったギター入りのトラックをたくさん作って、大音響で流し、その曲を買いたいというDJに、その場でダビングして産直販売で生活していた。

ある日教会の長が、経営に対してたびたび意見していた彼に向かって、じゃあおまえ何か文句あるならスピーチしてみよ、という話になった。そこで彼は、

『このあたりの街角の子どもたちは、ギャングスタラップやヒップホップにあこがれてるけど、その方面に直行するのもまあいいんだけど、それまでに生楽器に触れたり、たとえばギターだったら、自分で楽器弾きながら打ち込みもできるわけだし、ステキだから、もっと自分の手で自由に楽しんでから、音楽にむかうのもいいもんだぜ!ほら俺はいつでもみんなにギター教えてやるぜ!!』

と力強いスピーチしたところ、それを聴いていた人や子どもたちのヒーローになってしまった。そのスピーチを聴いていて感動した紳士が、彼をあの世界的ギタリスト、ジョー・パスのところに連れて行った。そこから彼は、近所ということもあってジョー氏と普通に友だちになった。毎日1フレーズずつ彼に教えられながら、これを弾いてみろよ、んじゃ次はこれと、ジョー本人が弾き聞かせながら、、、。

それが2週間くらい続いたある日、K君はつらつら弾いているうちに、ジャズ的に自由にメロディーを展開させられ遊べる感じで弾けるようになった。その瞬間、一気にロック空間からジャズ空間へとブレイクスルーした自分に気がついた。ジョー・パスは、ロックのギターが得意であった彼向けの、ジャズ世界へコンバージョン可能にさせる特別のフレーズを教えていた。

ジョーパスはミュージシャンズ・ミュージシャン(玄人のための音楽家、音楽家に人気のある音楽家)、家族がいなく友だちはいるものの孤独で、一緒にCNNをぼんやり観ていて、さあギターでも弾くか~とソファーでおもむろにギターを弾き出したりする、そんな普通すぎる生活。片や同じ近所とはいえ、ジョージ・ベンソンは世界的スターとして豪邸住まいでアメリカ的成功者の人生を送っている、、、、

そんなある日、べろんべろんに酔っ払ったジョー・パスに『おいジョー、いったいぜんたい、ほんとにあんたは凄いのかい?』とふざけてK君が言った、すると彼はいきなりミュージシャン仲間に電話を掛けまくりはじめ(突然の呼び出しにさすがに3、4人に断られてたらしい、、、)ヴォーカル、ベース、ドラム、キーボードがジョー邸に一気に招集された。たった一人の日本の若者のジョーク混じりの疑念に応えようと。

圧倒的な演奏が始まる。ジャンゴ・ラインハルトの曲を Double Tempo での演奏。その演奏の超絶な巧さ、正確さ、強烈な情感に圧倒される。しかし、そこでK君が感じたこと、『ああ、なるほど、行くとこまで行ってしまうと、、、そこは自由なのだ、、、』お金では買えない貴重な時間、体験。

話題は尽きない。アフリカからアジアそしてアメリカまで、K君にはボロ・タイ:BORO TIE(カーボーイなんかがするネクタイの一種) リボン・タイ、そんなアイテムがよく似合いそうだ。ちょっと前までドレッド・ヘアだった。

そういえば昨月大切な仲良しであり、かつお客様でもある方よりプレゼント頂いた。ヴィンテージZODIACの手巻きムーンフェイス時計、きっと似合うと思ってとおっしゃられ、恐縮&感謝いたします。ありがとうございます。夕日を受けて輝くその時計は、往年のハリウッド俳優のような悠然とした風情で、とてもステキです。

数字で時刻を追うのでなく、月の満ち欠けで時の流れを知る。手巻きしながら、『時』をつむぎ出しているんだ、という不思議な錯覚を楽しむ。そのものの存在が詩的です。手巻きは数年ぶりだったので、その味わいをあらためて感じました。時計もまた、拍車に共通するもの、時間を知らせてくれると同時に、時が有限であることをおしえてくれる。人生には限りがある、拍車をかけよ、、というメッセージなのかもしれない。

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