2019/01/21

便箋と封筒が入るバック『Lyon』






ケイイチロウ氏と食事したり、一杯飲みにいったり、旅をする中で、『 〇〇用の、一生の相棒になるような鞄を欲しい、いくらさがしても世の中に売ってないから 』という作品が、対話を通して形になってきます。旅をする中で、仕事をする中で、自分自身が本当に気に入っている鞄を持っていることが、これほど気分いいものか、これほどまでに心理的に良い影響・作用を与えるものだったのか!と強烈に実感します。安いとはいえない金額を払い、気に入らない部分に目をつぶってブランドのバッグを買う、という苦痛に戻ることは、もはや一生、二度とできません。

『封筒や便箋、そしてペンをいれる程度の軽やかなバック』が20年くらいずっと欲しかったのでした。軽やかなもの、でも、素材が上質で落ち着いていて、ブランド名がフロント(でも横にもまったく必要ないです)にドヤと鎮座ましましていないもの。金具は、複雑な形状や、手の込んだいろんなしつらえではなく、昔からある真鍮のシンプルで奥ゆかしい『 用の美 』の佇まいを持ったもの。


完成したとの知らせを受け、夕暮れ時の神楽坂、キャナルカフェで待ち合わせしました。マジックアワーの猛烈にうつくしいひと時、屋内のテラス席にて納品の儀式を行ないました。想像以上にうつくしい色と佇まいのバックでした。ゴート、山羊革のスウェード仕様です。大きさも完璧で、大きすぎず、小さすぎず、でも『小さ目』です。大きいより小さい、の美意識が本質的に大事です。さくっと外出する気分に合うものです。

取っ手のしつらえが美しいです。曲面がアウトラインを描き、ゆるやかに細くなり、ゆるやかに太くなり、必要充分を満たす用の美を描いています。そして、取っ手の3次元で掌(てのひら)にフィットする不思議すぎる感触。ここが疲れない鞄のポイントであり、ケイイチロウ氏の鞄が世界一だと感じる理由の一つでもあります。フラットの層を積み重ねたハンドルではありません。地図で言う所の、山脈の等高線のようなパターンで出来上がっています。すばらしいですね。



夕暮れがこくこくと変化するのにともなって、一緒に色の見え方が変わっていきます。読書用の本か手紙書きセットを入れてちょうどいい大きさ。『手紙用の鞄』Sac de lettres です。便箋と封筒とペンくらいで中身が一杯になる、という優雅なコンセプトが贅沢です。おじいちゃんになるころには、そんな身軽な身分になっていたいものです。

今年、いまだに終わらない年賀状書きを、日常の習慣に近いレベルで書き続けているうちに、年賀ハイになっていて、手紙というもの、葉書というもの、郵便局というものがマイブームになりました。年賀状づくりで、面白さにハマったっぽいです。さっそく、このバックに葉書をいくつかいれて、カフェで近況などを友人、知人、ご贔屓筋にお送りしようと楽しみに思っています。


ひさびさのキャナルカフェでした。神楽坂は、やはりホーム感があります。ドレッサーのボーイズ君(いまや、全員ジェンツたち)が運命の脚本どおりなのか、今年2019年はほぼ全員が同じ場所にあつまり、1、2の共通のプロジェクトを進める運命にあるようでうれしく思います。みなが原点回帰なのでしょう。

ぼく自身も、折り返し地点なので、昔やっていたことに、どんどん戻っていきたい、と考えています。仲間が増えている状態で、同じことに戻る、すばらしく魅力的に思えます。昔は、急いで時間制限の中でやっていたことを、もう一度じっくり丁寧にできる、そして昔より上手にできる。味わえるということは愉しいです。


金澤の『印象美プロデューサー』ワードローブの小西さんがプロデュースしてくださった、エドワードの手紙のしつらえで、使われる水引きの文香(ふみこう)です。室内の香りのプロデュースもそうですが、6感まで全部を贅沢に満たす、そんな印象美の力をエドワードエクリュも重要なエッセンスにさせていただいております。美しい日本の街、その魅力、そして、最重要事項として独自のコミュニケーションの妙味を存分にエドワードエクリュのエッセンスにさせていただきたい、と考えています。


サック・ドゥ・レートル、手紙の鞄、は、コードネームが Lyon リヨンとなります。これは、世界を旅しながら美意識を磨いているケイイチロウ氏が、自分の作品にはすべて世界の街の名前をつけているからです。神楽坂の運河からはるかリヨンを想う、という感じでしょうか。しかし、ここの夕暮れ時の外テラスでのお酒はほんと美味しいですね。空気と余白空間を愛する人間にとって(それから鉄人たちにも、運河沿いを走る総武線と中央線が)最高のオープンテラスです。こちらで、ああでもない、こうでもない、と自分自身の考えをまとめるのも最高の場所といえます。


先日、北陸の金澤、丹後の与謝野、南洋のシンガポールとともに旅したケイイチロウ氏、ケイイチロウ・エクリュというコードネームで共同制作しているシリーズを10点連続して作りだす計画です。現在5まで来ました。おじいちゃんになっても、ともに世界を旅していることでしょう。次回はシンガポールはSixsenses Hotel に泊まるのを楽しみにしております。次の作品は両手がフリーで使える、斜め掛けバッグです。


一生をともにする道具、用途に充分に応えてくれる道具、それは長年使っていくうちに、道具側も使い手もともに歩み寄って名人級の使い勝手の境地までいくはずです。これが、道具がどんどん仕様が変わってしまったり、使い方もお節介なくらい勝手に変えて、それも使い手に便利に変わるのではなく、道具側のメーカーに紐ずけられた利益共有者にとって有利になるように、どんどん複雑化していくようでは、それはもはや道具ではありません。道具の使い方から意識が離れないようなそんな道具は二流以下の道具、無意識に使えてこそ道具の本質です。

誠実にまっとうに、使い手に有利なようなものをつくる、使い手の要望に応える、問いに答えるようなもの、できれば、最終解答のようなものが欲しい。そう思い続けてきました。そして、それは理解ある寛容なご贔屓筋の存在のおかげで、前向きな研究開発ができています。若いひとたちにいっているように、理解ある顧客とお付き合いすることがサバイバル要諦です。それは、上からのえらそうな排他的な視点ではなく、マッチング、相性のわきまえの話です。大手百貨店スタイルのミスが無いこと、殿様扱いしてもらうこと(身を削ってもらうと嬉しいwin-loseマインド)のサービスを求めるひとに、個人商店は向いていません。


そして自分が欲しいと思うものは、頼んで作る、という時代に一気に入ったのかもしれません。贅沢なもの、ドヤと威張れるものが欲しい、既成でもたまたま好みが合ってる、という場合は市販のものを購入すれば幸せです。ただ、妥協して高いお金を出して購入というのは、もう時代遅れのような気がします。そろそろ職人と直接つながることもできてきていますし、その仕様やデザインや素材や製作をしっかり成立させれば、あたらしい意識の贅沢、を追及できます。

しかし、もともとはそれがモノづくりの起源ですから、それを贅沢、と呼んでしまうのも、そもそも論でいうとおかしな話なのです。時代がまともな方向に、贅沢を経由して戻ろうとしているのですね。フツーのありがたみが分かるまでに、ややこしい手続きやプロセス、一定の苦しみが必要なのは、戦争ばかりする人間種がほかの動物と違う一番困ったところです。


ミスで到着したポテトフライを目の前にして、食欲のブレーキが効かず喜んで前向きにそのままオーダーを受け入れる2人でした。夕暮れのあとは、照明のデコレーションでロマンティックな演出をされます。水辺はいいですね。



お気に入り、My favorite Things ささやかな、手元の小さな小宇宙。ぜんぶ、気に入ったモノたちに囲まれていたいですね。ご機嫌なカフェで、お気に入りの友や知人にありがとうね、のお手紙を書く。なんたる至福のひととき。きっとビールが手元にありますがね。まあご機嫌のまま感謝状書くってのが、まさに良いバイブレーションを送り届ける秘訣ではないでしょうかね。毎日そんな日でありたいです。


スマイソンの英文フォントは鉄板ですね、失礼、銅版でした。この文字と文字の間にゆったり余白がある感じ。麹町の東條会館のTea for two の文字も、さすがシー・ユー・チェン氏のプロデュースだけあってすばらしいです。こちらも共通して落ち着いていて上質さを感じさせるフォントです。さすが英国大使館と皇居が同時に俯瞰できる奇跡的な立地テイストです。世界の友人たちと手紙のやりとりを愉しもうとすると、その周辺知識や語学力が問われ、良い感じで勤勉にならざるをえません。


同じ色の同じゴート(山羊革)で靴も製作予定です。エドワードⅧの靴のテイストを持ち出すこともなく、白、エクリュ、ベージュ、トープ、そしてゴールド系、のグループに良く良く合うのが、この茶色は、ブラン・ファン:Brun faon 小鹿色です。鈍い灰みの茶色です。資料によると、1789年に英色名Fawn として使われているとのこと。 さてさて、新しいオリジナルの絵葉書で、誰かにお手紙書きたくなってきました!